Masumi Dialogue
vol.02

薪火の窯から生まれる円は、
自然を映す鏡のよう

これからの時代に求められる「豊かさ」に思いを巡らせ取り組んだ大吟醸のリニューアルにあたり、各地で豊かさを体現するさまざまな人、もの、場所からインスピレーションを受けてきました。分野は違えど、同じ方向を向いて文化を耕していく仲間たち。彼らと盃を交わし、語り合うなかから、真澄のビジョンを紐解きます。

今回は、京都市内で哲学の道沿いに佇むレストラン「monk」を営む今井義浩さんを訪ねます。「monk」とは英語で僧侶を意味する言葉。厳粛な場所を想像させる店名ですが、今井さん曰く「楽しい修行」の場です。毎朝、京都市の郊外にある大原の畑や市場で手に入れた新鮮な食材を、薪をくべた石窯でシンプルに料理する。自然を映す料理をリラックスして楽しめるmonkでの体験を「真澄の酒のあり方に通じるものがある」と話す宮坂が、今井さんの料理に対する想いに触れました。

今井義浩(いまい・よしひろ)

1982年茨城県生まれ。エンボカ京都シェフを経て、料理写真集”CIRCLE”を出版。その後フリーランスの料理人として旅をしながら料理を作る。2015年末、京都にて自店 「monk」 をオープン。2021年、Phaidon社より「monk: Light and Shadow on the Philosopher's Path」を出版。
https://restaurant-monk.com/

原点は「パンを焼く」
クリエイティビティと真逆をいきたい

2016年に初めてmonkに来て、コースの最初に出てきたのが、具材のないピザの生地を焼いただけの一皿。面食らいましたが、口に入れるとシンプルなおいしさに愕然としました。そこから出てくる料理の一皿一皿が、素材の良さに丁寧にアプローチして引き出していることを感じました。「ここまで食材って生き生きとするんだ」と感動したのを非常によく覚えてます。

「技巧を凝らした料理」とは真逆のアプローチだったので、自分の中の「いい料理」の概念があの日を境に変わりました。当時は、真澄が進むべき方向性に迷いもあったんですが、今井さんの料理を食べて、全く迷いがなくなったんです。

今井義浩さん(以下、今井):それは嬉しいです。ありがとうございます。

どのようにして、こうしたスタイルに到達したのかを改めて知りたくて、今日はお話を伺いに来たんです。そもそも料理の道に至った経緯ですが、確か大学在学中に料理に興味を持ったんですよね。

今井:子どもの頃から自然の中で遊ぶことと本を読むことが好きで、大学生になってからは哲学や文化人類学といったさまざまなジャンルの本をたくさん読んでました。

図書館で、もともと興味関心のある本を9冊借りて、残り1冊は知らないジャンルの本を借りようと思ったときに、たまたま返却棚にあったパンの焼き方の本と目が合ったんです。

「パンって自分の家で焼けるんだ」と知って、そこからスーパーで小麦粉を買ってきて、小さなオーブンレンジでパンを焼くようになりました。振り返ると、暗い学生時代だなぁ(笑)。でも、そこから食の世界に興味を持ちました。

しかし、大学卒業後に就職した先は料理の世界じゃなかったんですよね。

今井:あまり深く考えず、ご縁があって星野リゾートに入社しました。たまたま入った会社ではありますが、サービスの仕事は楽しかったですね。

長野県のホテルで働いていたので、「エンボカ」というピザを出すレストランに行く機会があったんですが、そこで衝撃を受けて料理の世界に入ったんです。

エンボカで働くようになってから、料理の世界をどんどん掘り下げていきました。料理の本や雑誌を読み込んで、自分の好きなものと交差してくる部分を発見していった。

自然が好き、文化を掘り下げるのが好き、本や言葉が好き……自分がこれまで掘り下げてきた「好き」と「料理の世界」が交わると知ったことが、monkの原点にもなっています。

今井さんは著書の中で「クリエイティビティという言葉を料理の中で持ち出すのは、あんまり好きじゃない」と書かれていて、衝撃を受けました。自分自身では特に何も考えずにこの言葉を使っていたと気付かされました。

今井さんのアプローチは、過度な装飾や特別な技法を魅せることで表現される料理とは逆行しています。足元にある素材を丁寧に拾い出して、その本質に真摯に向き合うことで良さを引き出す。それはある意味原始的で、大昔から人々が当たり前にやってきたことだと思うんです。

今井:そうですね。「なんかいいな」って心に染みるものは、自己を滅しているものというか、エゴはないけれどハートがあるというか……。素晴らしい自然から与えられたものを自分の手を通して伝えて、喜んでもらいたい。その心が、味わいのバランスをつくりだして、心に響くんだと思う。

お酒でも、飲んでいると「あ、これはやりすぎだな」と感じるものがありますよね。

素材そのものの味わいを覆い隠すほどに人為が入った食べ物やお酒は、刺激が強過ぎて疲れます。今井さんの料理は、まさにその真逆。自然との向き合い方や今井さんの思想や美学が料理を通じて垣間見れます。

古来お酒とは、目に見えない神様や先祖と対話するためにあったもの。そうした本来の価値を引き継ぎ、心に向き合い、映し出す鏡のような酒であることが真澄の理想です。そもそも銘柄である「真澄」とは、諏訪大社にある宝鏡の名称からいただいているんです。

今井:それは知らなかった。すごくかっこいいですね。

人と自然のいい関係の素地がある
京都にあるからできること

今井さんが大切にしている自然との向き合い方や美学を体現するためには、食材はもちろん、生産者の方々との関係性が大事ですよね。例えば、野菜は懇意の農家に「摘み取り料」を収めておいて、畑に自由に入って旬の野菜やハーブを必要なだけ採らせてもらう、といったことをされていると聞きました。

生産者との関係として豊かなあり方だなと思っていたら、著書の中で、「野菜にとって親戚のおじさんみたいな距離感で接したい」と。その言葉から今井さんの人柄を感じました。こうした関係性の中でmonkの料理は生まれているんですね。

今井:monkではひたすら薪の火で野菜を焼くんです。いい野菜に出合って、それを薪の火が料理してくれて、お客様とシェアする。ただ焼くだけなんだけど、この調理法のストライクゾーンってめちゃ狭い。ストライクゾーンを見極めるために神経を傾けるのが、自分の仕事。

特別なことはしてないけれど、自分の道を見つけて深く長く掘り下げ続けることができたら、成功だと思う。シンプルな料理に心を込めることを日々続けています。

monkを京都に構えたのは、今井さんが求める食材が手に入る環境だったからなんですか?

今井:はじめは軽井沢のエンボカで働いていたところ、「エンボカ 京都」をオープンすることになってその立ち上げを任されて、京都で出会った人と結婚もして、子どもも3人生まれて。自然の流れに身を任せた結果ではありますが、京都は文化の重なりがありながら、地元の野菜を仕入れてお客さんに提供できる環境がありました。東京ではこうはいかないと思います。

京都は、寺院のお庭のように、人と自然が共同でつくる作品が暮らす人のすぐそばにある街の印象です。monkの料理も庭と共通点があるんです。かぶの味わいや、にんじんがもつ甘みなど、人間が何も手を加えなくても自然が本来持っている力に対して気づきがある。

その場の空気も分かち合う
シンプルなピザに想いをのせて

3、4年前にmonkを再訪したときには、今は独立して京都市内で「LURRA°」別の店を出しているジェイコブさんがスタッフで、彼のテイストもしっかりと出した料理を出していましたね。

初めて伺ったときのmonkとは、また異なる体験でした。今井さんがすごいのは、立ち止まらずに常に変化を取り入れること。ジャズのセッションみたいに、そのときのチームとその日の食材で出せるベストなものを出すんだと実感しました。

「monkの料理はこれなんだ」って押し出すこともできるけれど、今井さんはジェイコブさんがこの場所を使って自由に表現して生まれる料理を、一緒に楽しんでいるように見えました。

今井:自分も勉強になるから、基本さえ外さなければ「やっちゃいなよ」って感じですね。

14席しかない小さなmonkですが、着席したばかりの時には見知らぬ人同士だったお客様が、2〜3時間の食事が終わると、ひとつのショーを観た仲間のような一体感を得られるところも衝撃的な体験でした。

今井:スタッフミーティングは年に2回くらいしかしないんすが、「monkはこうありたい」って話をするんです。お客さんが帰りに店のドアを開けるときにどんな気持ちになっていてほしいか、どういう気持ちで何日後に思い出してほしいか考えよう、みたいな話をしているんです。正解はないんですけどね。

レストランには色々なあり方があると思います。例えば、DJがいて「イェーイ!」っていうノリの店もいいし、静かな音楽を聴きながら食べるのもいいし。想像を膨らませると、料理ひとつひとつの質も、どういうタイミングで料理出すかも、ゲストとのコミュニケーションも違ってくる。ゴールが決まると全部見えてくる気がするんです。

確か今井さんは、世界のガストロノミーを牽引してきたレストランとして知られるデンマークの「Noma」でも、インターンされてたんですよね。そうした経験も今のmonkに影響を与えていますか?

今井:短い期間なので「覗かせてもらった」という感じなんですけどね。すごいバイブスでスタッフが働いていました。50人ぐらいの料理人が「イエーイ!今日も頑張ろうぜ」って。僕はただのインターンだったけれど、シェフのレネとも毎日握手しあってましたね。

お客さんともフラットで、レストラン全体に「楽しもうぜ」って空気が満ちてて、すごくかっこいい。いろんな意味で、僕が思う「こういうレストランがあったら素敵だな」って思うことを、全部やっていました。

もし自分がお店を持つとしたら、絶対こういう風にしようと決めました。料理のテクニック云々以前に、そういう決意が生まれたことはすごくよかったですね。

フラットな雰囲気はNomaから着想を得た部分もあるんですね。食卓を囲んだ人たちで分け合う「ピザ」は誰もが好きで、食べることによって幸せを共有できる料理。今井さんの想いを表現するのに最適ですね。

今井:一緒に来たゲストは、みんなでシェアしてもらっています。たまたま自分が選んだ道がピザだったわけですが、すごくしっくりきています。

ピザのおもしろさって何ですか?

今井:なんなんでしょうねぇ……。いくつかあると思っていて、まずはみんなでシェアできること。「丸くて温かい」って、アンパンマンみたいで、みんなハッピーになる。

もう一つは、さっきの真澄の鏡の話でグッと来てるんですが、ピザも食材をすごく映しやすい。シンプルだからこそ映し出す。自分自身のマインドや体調の変化も如実に現れて、自分でコントロールしてるだけじゃない感じがするんです。

生地の発酵も自分の技術や知識を超えたもので、薪の火も、オーブンのように設定時間や温度があるわけじゃないですから。

豊かさとは、
五感を通して得る感覚

今年の春に、世界的な英国の出版社「PHAIDON」から出された一冊『monk: Light and Shadow on the Philosopher's Path』も拝見しました。今井さんが書かれた文章も全て英訳され、世界に向けてmonkの美学と思想を発信する一冊となっています。今井さんが自費出版された最初の本『CIRCLE』もですが、今回の本も本当に美しい。

関わられたフォトグラファー、デザイナーといった方々が今井さんの世界観をうまく表現していますよね。これだけの本を作るには時間がかかったでしょう。

今井:写真は4年くらい前から撮り始め、2019年にはフォトグラファーが頻繁に来てくれて一気に撮り溜めました文章は、2020年の1月頃から2カ月半かけて書き上げました。最初は仕事をしながら書こうと考えていたんですが、それは無理でしたね。お店を休んで書き上げて、再開しようかなと思ったらコロナ禍で参りましたね。

片手間でなく書くことに集中したのは、今井さん自身が子どもの頃から本が好きなことも関係している気がします。

今井:本とか詩とかHIPHOPに感動してきましたからね。言葉がすごく好きだから、大事にしたい。そもそも、料理人になる予定はなくて、中学生ぐらいから言葉を使う仕事をする気がしていたんです。本は、自分が好きな言葉と料理が重なってできるものだから、大切な存在です。

ひと皿の料理で伝えられることもあるけれど、レストランで店主がベラベラ語り出したらたまらないでしょう(笑)。だから想いを伝えられる機会を与えられることは、マジで嬉しい。本を通して色んな人と会話したいです。

monkは今井さんの目指す完成系に見えますが、夢はありますか?

今井:数日前に沖縄で『胃袋』というレストランへ行ってきて、マジで人生で一番、食べ物やレストランで感動したことがあって。ああ、まだまだだって思い知りました。

僕も以前伺いました。素晴らしいお店ですよね。

今井:なんで感動したのか、今も処理仕切れていないのですが、まるで一本の映画を観たかのような体験でした。それで自分も、まだまだできる、もっと掘り下げようと思った。

今よりもっと自然と近いところで店をやったら、もっとお客さんにぶっ飛んだ体験をしてもらえるかもしれないと考えています。

桜の木が咲いたとか、風の柔らかさや日差しの色が変わったなとか、自然の中で得る感覚や、感じる時間は千年前も千年後も地球がある限り続くはずですよね。自分の体はなくなったとしても繋がっていく感覚を持てることが、僕にとっての豊かさであり、特別な瞬間だと思います。

豊かさと同時に「おいしさ」ってなんだろうとも考えるんです。料理人になったときの話に戻るんですけど、ある秋の日軽井沢のエンボカでマルゲリータときのこのピザを食べて「うまい」と感動したんですが、それだけじゃなかった。それから2,3日して、駐車場から職場のホテルに歩いている時に風が吹いて、目の前を落ち葉が舞ったんです。その瞬間にエンボカで食べたマルゲリータの味わいや感覚、感情がフラッシュバックした経験が忘れられません。

映画や音楽では経験があったけど、料理でもこんなことが起こるんだ、とすごく衝撃的でした。映画や音楽では体験があったけれど、食べ物でも「琴線に触れる」体験が起こることを知った。それで料理の世界へ足を踏み出したんです。

世の中には、自分より料理上手な人はいっぱいいる。でも100人に1人でもいいから、僕の料理が心の深いところに刺さってほしいと願っています。

monk

monk

〒606-8404
京都府京都市左京区浄土寺下南田町147
TEL075-748-1154

https://restaurant-monk.com/

聞き手:宮坂勝彦(宮坂醸造)
写真:五味貴志
構成:小野民

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