Masumi Dialogue
vol.22
「わさびとキャビア」を一大産業へ。
安曇野で育む珠玉の食材を、自分の手で育てる喜び
これからの時代に求められる「豊かさ」とは何なのか。さまざまな分野の方との対話を通じて、答えを探っていきます。今回は長野県安曇野市でわさび農園を営み、チョウザメ、サーモンの養殖にも取り組む望月啓市さんがお相手です。30代前半、地場産業の担い手として若手筆頭の望月さん。しっかりと先を見据えつつ、規格外の挑戦をする原動力について聞きました。

望月啓市
昭和11年創業のわさび農園の4代目。子ども時代から卓球に打ち込み、高校時代には全国大会でも活躍する。東京農業大学卒業後、練りわさび会社での勤務を経てUターン。直後から業界の既存の枠に収まらない取り組みや発信で注目されている。2024年には「安曇野キャビア株式会社」を設立。安曇野に新しい産業を打ち立てるべく奮闘中。
世間を知り、わさび農家の
魅力と可能性に気づく
望月さんは代々続くわさび農家ですが、ご自身でチョウザメの養殖も始めるなど、すごいチャレンジをしていますよね。地場産業の発信も上手だし、改めてここまでの道のりを聞いてみたかったんです。まず、安曇野に帰ってきたのは23歳のときでしたっけ。若いうちに戻って来たのには、理由があるのですか。
望月啓市さん(以下、望月):
はい。大学卒業後、1年ちょっと練りわさび屋さんで修業して、自分としても想像以上に早いUターンでした。
本当はもう少し修業するはずだったのですが、祖父が畑を早く引き継ぎたがっていて、仕事を習う意味でも、早めに帰ることに決めました。
子どもの頃からわさび農家になるつもりだったのですか。
望月:
実は、子どもの頃には、わさびの仕事に全く触れさせないのが父親の教育方針だったんです。子ども時代に嫌々手伝わせるのはよくないと思っていたみたいです。たしかに、実際は魅力的な部分もあるのに、嫌な部分だけを先に知ったら継ぎたくならないですよね。今も父には、「継ぎたいと思える会社にしておかないといけないよ」と言われています。
それもあって、すごく自由に育ててもらって、大学は農大に進学しました。大学生のときに居酒屋でバイトをしたら、すごく一生懸命働いてもなかなかお金にならなくて。その話を父にしたら、待ってましたとばかりに「わさび屋になりなよ」って。ある意味作戦勝ちですね(笑)。
なるほど(笑)。それで、心は決まったんですね。
望月: はい。でも、別のバイトですごく性に合っていたのもあるんですよ。農大のオホーツクキャンパスにいたので、漁師のバイトをしていたんです。体力勝負なところも、厳しさもある雰囲気も好きでしたし、給料も結構よくて。夜中の0時に出航して、朝の3時に終わるんですが、2万円もらえたんですよ。授業にちゃんと出られて、ありがたかったです。
漁師の仕事が好きだったことが、今取り組んでいる養殖業につながっていそうです。でも、帰ってきたときはわさび一本でしたよね。戻って農家を継いでみてどうでしたか。
望月:
メディアの人にしろ、一般の人でも、わさび田を見てもらうことを、父の代まではしてきませんでした。それを、僕が入ってからは人をガンガン招き入れていきました。最初は畑担当の祖父に反対もされましたけど、実際に畑を見た人たちに「環境がいいんだね」「素晴らしい」と直接言われるようになって、何も言われなくなりました。
みなさんの声を聞いて、僕自身も、貴重なものを特別な環境でつくっている自覚を持たなくてはいけないと思いました。
今は、海外からの引き合いも多いんですよね。
望月:
輸出も自分の代で始めたことです。最初、市のプロモーションでイギリスとフランスに行ったんですが、そこで初めて、日本とは全く違う金額で取引されているのを知って、可能性を感じました。それで2017年から輸出事業を始めて、今はヨーロッパとアジア圏に輸出しています。
あと、僕が始めたことといえば、飲食店巡り。生わさびを使っている店の食べ歩きが趣味にもなりました。自社のわさびを使ってくださっている店に行きたいのもあるし、いろいろなわさびの使い方を知るのは、すごく勉強になります。

当たり前と思っていた仕組みを変え
わさび産業のかたちを変える
今、藤屋わさび農園の社員は何人くらいですか。
望月:
30人くらいです。加工部門については父が主に担当していて、僕は栽培と営業担当です。工場を建てる時には、ビジョンを2人で話し合いますけど、生わさびについては、自分が祖父から引き継いで、プロモーション込みで全部やっています。
営業はワンオペですが、本当に恵まれた食材なので、自分から行かなくても、先方から来る話が多いです。栽培に関しては、自社で栽培しているわさびのほかに、取引する農家さんの数はどんどん増えています。
わさび産地として、静岡も有名ですが、あちらはJ Aを通すのが主で、安曇野はそれぞれの農家が契約している問屋さんに納品するかたちが主です。
うちの会社も農家兼問屋なんですが、問屋と大手の練りわさびメーカーさんがつながっていて、茎や葉は練りわさび用にするわけです。農家はそれ以外の芋の部分を少しでも高く売りたいのですが、その値段が何十年も一律だったんです。でも、僕は海外の状況も見て、需要が高いことを知ったから、相場を一気に上げました。それで農家さんが集まってきてくれたわけです。
1キロで約3000円だったのが、今ではキロ2万円くらいになっています。あとは、葉と茎も塩漬けしてそのままメーカーに渡していたのを、自分たちで工場を建てて加工するように変えました。そうすることで、自社のわさび商品の比率が増えています。
昔は分業だからこそできたことも多かったでしょうが、今は全部まとめて利益にしていかないと、持続できない現実があると思います。周りの問屋さんからの反発もありましたが、自分がまだ若かったからこそ、既存の枠組みについてよくわからないという顔ができたのがよかったかもしれません。でも、産地として生き残っていくためには、仕組みを変えていく必要は、絶対に生じてくるものじゃないでしょうか。
7年間は無収入
キャビア一大産地への布石
チョウザメの養殖は、もともとニジマスなどの養殖場だった場所や魚の加工をしていた工場を引き継いでいるんですよね。この街は「水」を中心にエコシステムがあるのが素晴らしいです。ずっとそのシステムによって産業が築かれてきているけれど、もちろん時代にそぐわない部分もある。生かせるものは最大限に使って、何がつくれるか。今の時代に必要なものを見定めるって難しいですよ。わさびについてはやり方を変えて時代にフィットさせているし、チョウザメについては、全く新しいチャレンジじゃないですか。
望月: そうですね。生わさびのお客さんとキャビアを結びつけられたのは良かったと思います。
すごく可能性があるだろうと思うから、 キャビア自体を食べられるシーンがもうちょっと広がるといいですよね。お寿司屋さんでキャビアを食べて「自分たちのフィールドを使ってできる」と思ったと聞きました。その発想力と行動力って、本当にすごい。
望月:
お寿司屋さんって、いろんなところでキャビアが結構使われているんです。だから、あらためてキャビアってどんなものだっけ、チョウザメの卵だよな、淡水魚なら、安曇野の池、空いているじゃん……みたいな発想でした。考えついたはいいけれど、やり始めてからはちょっと後悔しましたけどね(笑)。一度池にチョウザメを入れたら、辞める=殺すこと。それはできないし、引き返せなくなったなあ、と一瞬後悔しました。エサ代も、マジでやばいです。
ただ、国産キャビアの値段は本当に高くて。オードブルに添えられている量は約1グラムですが、あの量で400円くらいになっちゃうんですよね。それをうちは、海外産のキャビアくらいの値段で販売できるように努力しています。
今、国産のキャビアといえば、宮崎県が産地で、15軒くらいやっているのかな。でも、ここからうちが順調にいけば、5年後くらいに国内シェアのトップを取れるように全力投資しています。本当に大変ですが、サーモンの養殖をして利益を出しながら、なんとか乗りこえてやっています。
キャビアがとれるまで、7年かかる。それまでは全く回収できなくて投資のみっていうのは、ビジネスとしては辛いなあ。逆に、楽しさはどういう点にあるんですか。 大学時代の漁師の仕事も性に合っていたって言っていたのと、通じるものがあるのでしょうか。
望月: そうですね。植物と違って、生きていて死なせちゃいけないから、気が抜けないってとこです。毎日すごく変化もするから、育てていて変わっていくのを見るのはすごく楽しい。僕は、同じことを続けるのが苦手なタイプなので、こういう仕事が合っているんです。
どんなところが「気が抜けない」のでしょうか。
望月:
例えば、雨が降ったら、ずっと池に張り付きっぱなしになります。 落ち葉が一気に流れてきちゃって、スクリーンに張り付くと、水の流れを堰き止めてしまう。そうなれば、チョウザメは酸欠になって死んでしまいます。本当に一瞬たりとも気が抜けないから、夜中でも気になったら見に行く。こういう緊張感があるのが、僕にとっては楽しいことです。
それに、やっぱり売れると嬉しいですよね。自分の会社が主体になって「産業」を興したい思いがあるんです。チョウザメを育ててキャビアをとることが、安曇野の新しい一次産業になったら嬉しい。いずれ、「安曇野といえばキャビア」と言われるようになるのが夢です。まだ、生産者は自分だけですけど、どんどん増えていってもらいたいです。
豊かな水があるからこそ
安曇野のポテンシャルを生かし切る
最後になりますが、この対談のテーマは「これからの時代の豊かさ」なんです。望月さんにとって、豊かさとはどんなことですか。
望月:
うーん、そうですね。自分にとっての豊かさでいえば、自己満足だとしても、全部やりたいことをやっていて、達成感を味わえているってことです。
わさびを出荷するまでには2年かかるし、チョウザメの飼育もキャビアがとれるまで7年かかるところを、一からやっている。その過程に携わっているのは、ある意味とても豊かなことだと思うんです。あとは、料理人さんとのやり取りだとか、そういった喜びもあります。お店で使ってもらえるのは、生産者としてはすごくありがたくて、嬉しいことです。
だからこそ、うちのわさびやキャビアを使ってくださっている料理人さんには、ここに来てもらいたくて。安曇野がどんな土地なのか、なぜわさびの栽培が盛んなのか実際に目で見て感じてほしい。
ストーリーを知ってもらうことで、さらに先にいるお客さんへの伝え方も違ってくると思うんです。だから、自分たちもみなさんを現場に招いてコミュニケーションをしっかりしていきたい。この場所に来ると、ありがたいことにファンになってもらえますから。生産者のストーリーを聞いて食べると、味わいが違うことは、自分も体験していて感じることです。食べもののことをよく知ったうえで、食べる。それが食べる人にとっての豊かさに繋がっていると思っています。
藤屋わさび店
長野県安曇野市穂高6670
℡:0263-82-2028
聞き手:宮坂勝彦(宮坂醸造)
文:小野民








