Masumi Dialogue
vol.20

産地からカウンター越しの食べる人まで
食材を、生かしてつなぐ料理人

これからの時代に求められる「豊かさ」とは何なのか。さまざまな分野の方との対話を通じて、答えを探っていきます。今回は、 東京・神楽坂で、和食レストラン兼アトリエ「KOMB」を営む原田アンナベル聖子さんの元へ。宮坂は彼女に、同窓生という共通点や、同じ和の文化に関わる者としての連帯を感じていると言います。普段は調理の臨場感をありありと感じられるカウンターで、この日はあらためて料理に向き合う胸の内を聞きました。

原田アンナベル聖子

慶応義塾大学環境情報学部を卒業後、懐石料理店で基礎を学ぶ。2016年に独立し、季節の食材を用いた企業向けのお弁当や出張料理、少人数制の料理教室を行う。虎屋赤坂本店のリニューアルに飲食コンサルティングとして関わり、その後、株式会社虎屋に入社。プラントベースに特化した食事メニューの開発、スタッフの育成、オペレーションのディレクションに従事する。2022年、神楽坂に和食レストラン兼アトリエとして「KOMB」をオープンさせる。

24時間没頭できることってある?
「好き」を見つめて進んだ料理の道

原田さんと僕は同じ大学の出身で、実は20年来の友人。知り合った当時から食べることが好きなのだろうと感じていました。でも、卒業後に和食の道に進むと知ったときは驚きました。周囲はITをはじめとしたスタートアップ企業や、いわゆる「大企業」に就職する人が多い環境ですから。  今は、友達を越えて同志だと思っているし、行動力を尊敬している存在。あらためて、どんな経緯で料理人になったのか知りたいと思ったんです。もともと、実家が老舗のお菓子屋さんですよね。

原田アンナベル聖子さん(以下、原田): はい。福岡で創業400年を超える菓子屋を営んでいて、今は兄が継いでいます。

家業からいっても、小さい頃から食に関してこだわりのある環境だったのでしょうか。

原田: 親は、食を適当に扱わない人でした。「ちゃんと美味しく食べようね」と教えられて育ちましたね。母親はドイツ人だけど、父親が和食好きで、日常のごはんは昆布だしからとった和食が基本。お客さんが来る日だけ、ドイツ料理を振る舞うスタイルでした。

最初は料理の道に進もうとしたわけではないですよね。大学生のときに心境が変化したのですか。

原田: もともとは、小さい頃から絵を描くことが好きで、漠然と仕事にしたいと思っていたのですが、「お金にならない」と母親からすごく反対されていて。だから大学では、ウェブデザインなどを学んで就職するつもりでした。ただ、大学に行ってみたら、周りにはすごい人がいっぱい。彼らを見ていて、自分ががんばれることは別にある気がしてきました。 転機は19歳のときに父が亡くなったことでした。今までシャキッとしていた母親が父という支えがいなくなってガクッと崩れてしまったのを目の当たりにして、生き方を考えさせられました。自分の芯をしっかり持っておく必要があるし、そのためには好きなことを仕事にしよう、と。大学の同級生は、研究に没頭して校舎に寝泊まりまでしている。自分はそこまでのことはできないけど「じゃあ何をしていたら24時間起きていられるだろう」と考えたら、思い浮かぶのが料理でした。子どもの頃からお菓子をつくっていて、大学生になってからは、ホームパーティーでよく料理を振る舞っていたのです。

和食を選んだのは「器が好き」という
シンプルな理由から

原田: 私は、どんなジャンルの料理でも好きなので、何を専門にするのか悩みました。結局、日本の器がすごく好きだったので、入り口は和食にしました。もしダメだったら違う道に行けばいい。確固とした目標があるわけではなくて、柔軟に変えていくタイプなんです。

なるほど。それで、「懐石 小室」で働いていたのですね。

原田: 働く場所を見つけるのにも、とても苦労しました。いろいろな店で食べてみたけれど、「ここで働きたい」という店にはなかなか出会えなかった。偶然、遠州流のお茶を習っている友人づてに知ったのが小室でした。すべての料理がおいしかったのですが、最後に出てくるお味噌汁が格別で。頼み込んで大学4年生の8月からアルバイトをさせてもらい、その後就職もして、2年間働きました。  振り返ってみると、当時は当たり前に感じていたけれど、使っている器や食材が、すべて一級品でした。自分でお店をやってみると、そういったものに出会うのがいかに大変なのか思い知らされます。

小室を辞めた後は何をしていたのですか。

原田: 家具屋で2年間働いていました。その間に小室の仕事を休みの日に手伝いに行くようになりましたが、それは修行というよりお手伝いという感じでしたね。料理店にとどまらないかたちにチャレンジしたい気持ちもあって、自分自身の活動として、料理教室を始めたのもこの頃です。思いの外楽しくて、ケータリングや料理教室をやっていきたいと思うようになりました。  それで、家具屋を辞めてフリーランスで料理の仕事をするように。運良く友達の会社が一軒家で、キッチンを貸してくれるかわりに、平日は社食をつくりながら、自分の活動を続けていました。

流れや文脈、つながるものを大切に
料理のまわりのことも伝える

料理教室の楽しみは、どういった点に見出したのですか。

原田: 単純に、私が料理について教えることが好きだったんです。自分の料理を食べてもらうのももちろん好きですけれど、プロセスを教えたり、食材の旬を伝えたりすることが楽しくって。  神楽坂に、この「KOMB」を開いたのは、コロナ禍の2022年で、レストランに限らず食に複合的に取り組むのにいいタイミングでした。今は、夜にお店の営業をして、日中に料理教室や自社製品をつくってオンライン販売もしています。

あらためて店名の由来を教えてくれますか。

原田: 名付けに悩んでいるときに、「毎日使う食材は何なの」と聞かれて、「昆布かな」と答えました。日本料理にとってベースの食材でもあり、最近は洋食にも使われるようになっている。もし海外に行ったとしても、コンブといえばわかってもらえるのがいいな、と思ってこの名前に決めました。

原田さんが、料理をつくるときに大切にしていることはありますか。

原田: まずは、安心してホッとできるような時間を過ごしてもらうことを一番大切にしています。その次に、「美味しい」と言って帰ってもらえたらいいかな。コース料理を食べる3時間に、緊張したり挑んだりする感覚より、「いい時間だったね」と心に残ってほしい。私の料理の一個だけでもいいから、次の日に思い出してくれたら嬉しいです。  一つひとつの料理をつくるときに大事にしているのは、香りでしょうか。たとえば、炭火を使っていたら、お客さんのなかに「昔は落ち葉を燃やしていたな」という記憶が呼び覚まされるかもしれない。そういう料理をつくりたいです。

豊かな食体験は
偶然の産物かもしれない

料理に使う食材の生産者にも、よく会いに行っていますね。何かきっかけがあったのでしょうか。

原田: 生産者さんに会いに行くようなったのは、お店で使っているお米と筍がきっかけです。電話でやりとりしているうちは、正直にいえば「非効率的なことを言っているなあ」と思っていたんです。でも、会いに行ってみたら、私が非効率だと思っていた小さいこと一つひとつを大切に積み重ねているからこそ、美味しいお米や筍があると気付かされました。  いろいろな生産者の方に会いに行くようになると、そのつながりからまた別の出会いが生まれることもあるので、今はご縁があったらとりあえず行ってみるようにしています。  そうやって信楽に行ったら、お店用のお茶碗をつくることになったんですよ。ずっと、ちょうどいいものに出会えずにいましたが、まさか一からつくれるとは思いもよらなかったので、嬉しい展開でした。求めていても出会えることは稀。だからこそ、楽しんで、この先に何があるんだろうと身を任せて、いろんな場所に足を運んでいきたいですね。

人が育てたものだけじゃなくて、筍や天然のきのこなど、自然に近いものを食事に取り入れたい気持ちもあるのでしょうか。

原田: そうですね。とくに天然のきのこは昔からすごく使いたくて、「きのこ採りしている人を知りませんか」といろんな人に聞いて、探してきました。そのかいあって、今は北海道の帯広と長野の松本から仕入れられるようになり、私もたびたび足を運んでいます。実際に使ってみたら、森林浴をしているような体験ができて、すごく面白いです。  メニューに「きのこ鍋」とあるのに届くかわからないこともあるから、食材としてはすごく扱いづらい。そんなリスクがあっても、お客さんには特別な美味しさを味わってほしいです。

KOMBのコースメニューは毎月変わります。組み合わせを考えるときに気をつけていることはありますか。

原田: 原田 流れを大切にすることです。絶対に使いたい食材があれば中心に置いて組み立てますが……何か目玉の食材を食べさせたいというよりは、ちょっと変わったものを最初に置いて、あとは強弱をつける。一つ重ためな料理があれば、次は軽いものにするという感じですね。

KOMBを始めて3年が経ちました。今後について、何か考えていることはありますか。

原田: 実は、ちょうどすごく悩んでいる時期なんです。レストランももちろん続けていきたいけれども、もうちょっと離れていこうかなとも思い始めています。でも、ケータリングだけでいいかというと、それも違う気がします。年に一度は1ヶ月ほど休みをとって、ヨーロッパに行くようにしているんです。この夏も行ってきましたが、普段せかせかしすぎているのだと思わされます。向こうの料理人たちの働き方が、週3〜4日だけお店を開けるスタイルも多くて。さすがに、日本だとそれだけだと食べていけないですが、新しい事業を組み合わせていく必要性は感じています。

新しく挑戦することもありそうですね。

原田: あらためて、お菓子をつくりたい気持ちがあります。実は、料理の道を選んだ理由のひとつに、実家が菓子屋だから、避けた方がいいかなと思った部分もありました。でも、ある程度料理で実績を積んできたから、今ならその縛りは解いてもいい気がします。お菓子の多くは、誰かから贈りものやお土産でいただいて食べることが多いですよね。そのために、きれいな包装子や美しい造形のお菓子が好まれます。  一方で私がやりたいことは、こういう小さなカウンターでおいしいお茶と一緒に、できたてのわらび餅を出すようなこと。お菓子ですらなくて、季節の果物でもいいのかもしれません。一期一会で、心からくつろいでお茶を飲むために出す小さな一皿。そういったものでこそ、豊かな食の体験を提供できるのではないでしょうか。

聞き手:宮坂勝彦(宮坂醸造)
文:小野民
写真:土屋誠

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