Masumi Dialogue
vol.18
暮らしと仕事、内と外。
ごちゃまぜの中を豊潤に生きる
これからの時代に求められる「豊かさ」とは何なのか。さまざまな分野の方との対話を通じて、答えを探っていきます。今回は、東京から長野県御代田町の森の中に、5世帯で移住して暮らす前村達也さんにお話をうかがいます。御代田に根ざし、人が集う店や宿をつくり、大規模なイベントも立ち上げている前村さん。自分自身の暮らしを大事にしながら、町の賑わいへの貢献もする。そんな生き方の背景にはどんな想いがあるのでしょうか。
前村達也(まえむら・たつや)
1999年に渡英。2006年オランダのDesign Academy Eindhovenを卒業。2011年より三宅デザイン事務所に入社し、三宅一生氏に師事。21_21 DESIGN SIGHTのプログラム・ディレクターとして主に文化事業など数々の展覧会を企画。2022年に独立し、企画ディレクションおよびプロジェクトマネージメントを行うSCALE ONE Inc.を設立。多摩美術大学非常勤講師。御代田駅前のCORNER SHOP MIYOTAオーナー。MIYOTA DESIGN WEEKEND発起人。
都会を出てどこで暮らそう
たどりついたのが、御代田だった
僕は、前村さんが東京に住んでいたときからの知り合いですが、いつの間にか長野に引っ越していて、より身近な存在になりました。長野県御代田町で暮らすようになって、どのくらい経ちますか。
前村達也さん(以下、前村): 通い始めたのが2017年の終わりかな。土地を買って住めるようになるまでに2〜3年はかかっているから、暮らし始めてから今で4年。振り返るとあっという間ですね。
前村さんの移住のおもしろいところは、複数の家族で一緒にやってきたこと。友人家族たちと森を切り開いて住んでいて、すごくおもしろいコミュニティだと思うんです。加えて、御代田の駅前には、カフェとゲストハウス「CORNER SHOP MIYOTA」をオープンしました。前村さんは、いろいろな人たちが御代田に入り込みやすくなっていく活動や生き方を体現していると感じるんです。その姿がすごく楽しそうだし、豊かに映ります。一緒にやってきた家族それぞれ、いろいろな暮らし方をしているけれど、前村さんはけっこう御代田にいる時間が長そうですよね。
前村: 僕も最初は、2拠点生活でしたが、いよいよコロナ禍が明けそうになったタイミングで、御代田に腰を据えて暮らそうと考えました。それで、会社を辞めて独立したんです。その頃には、僕たちの周りの友人の友人くらいの人たちが、ちょくちょく御代田に来る流れもできてきていて。そういう人たちが気軽に来られる場所として、空き家だった場所を利用したいと思ってできたのが、CORNER SHOPです。最初のころは、文化事業的な仕事を主に置いて、自分のオフィスとしても使えばいいかなと考えていました。 ここでの活動の転機は、2022年にデザインイベント「MIYOTA DESIGN WEEKEND」を開催したこと。最初に想定していたより多くの人が来てくれるようになったから、せっかく来てくれたお客さんをがっかりさせるのは嫌だと思って、去年はCORNER SHOPにフルコミットしていました。
ヨーロッパで見た「豊かさ」を
体現するために必要なこと
そもそもの話になりますが、どうして御代田だったんですか。
前村: 2017年に家族で3ヶ月間ヨーロッパを旅したんです。オランダの大学に通っていたから、その頃の友人たちが今、どういう暮らしをしているんだろうと気になって。向こうの「豊かさ」を見に行ったのが、ここに住むうえで大きかった。教育、美術、デザイン、コミュニティ、農業っていうテーマを決めて、そのテーマに合わせて向こうで活動している人たちにちゃんとアポをとって訪ねたんです。そこで見えたのは、みんな何かしら「つくっている」ってこと。暮らしをつくっていたんだよね。そういう暮らしには、場所が必要だし、自分の知恵や技術も必要。あとは、資本主義に対する多少の懐疑的な目線も必要だと思いました。
まだお子さんは小さかったんですよね。
前村: 下の子は生まれていなかったけれど、上の2人もまだ7歳と4歳。でも、そのときに話していたことって、今でもずっと話し続けていて、御代田での生活でも取り入れているんです。だから、ヨーロッパの旅の記憶は、子どもたちにとっては途切れずにあって、今はそれを体験値にできているんじゃないかな。 僕にとっての一番の旅の収穫は、自分一人だと豊かになれないって感じたこと。家族という集合体があるから、「豊かだな」とか「幸せだな」って感じられる。ヨーロッパでの旅の最中は、家族みんなが同じ体験をして、家族に最適なことは何かをディスカッションしていました。都会を出て地方へ移住することについても、「連れてこられた」みたいな感じだと、誰かの責任になっちゃう。それは嫌だから、みんなで決めたというのも大きいですね。
国内で、御代田の他にも候補はあったんですか。
前村: ルーツがあるから鹿児島、そのなかでも屋久島は有力候補だったし、国内もいろいろ見たんですよ。でも、自分たちだけじゃなくて、友人家族と一緒に新しい場所に飛び込むことになった。分譲地を買うのではなくて、森のなかに暮らす場所をつくっていく。そういった挑戦をするのに、御代田がちょうどいい場所だったんです。コロナ前だったから、物価も高騰してなくて、タイミングが良かったよね。移住先として人気が出ているのもあって、当時に比べて土地の値段も数倍になっているし、今やろうとしても無理かもしれないですね。
二拠点から根をはる暮らしへ
新しい百姓の生き方
今、東京にはどのくらいの頻度で行っているんですか。
前村: 週に1回、大学に教えに行くのと、企画展に年1〜2回関わるくらいで、御代田の比重の方が大きいですね。4年前にCORNER SHOPを立ち上げるために、10ヵ月くらいかけて一人でDIYした頃から、御代田に腰を据えている感じがあります。お店がオープンして1年目にMIYOTA DESIGN WEEKENDを開催したのも大きいかな。プロモーション的にイベントをやったりもして、集客ができるようになっていって、この場所がある意義が大きくなったと思う。
MIYOTA DESIGN WEEKENDはすごくいいイベントだったし、前村さんがここで活動することによって、御代田がすごく近くなった感じがしています。前村さんの活動は多岐にわたりますが、今の肩書きは、何なんですかね。
前村: いいことを聞いてくれましたね(笑)。もともとは「プログラムディレクター」だったんだけど、御代田にいる時間が増えて、かつての仕事の割合はどんどん減ってきている。それで、御代田にいながら何がしたいか考えたときに、一番適しているのは「百姓」だっていきついたんだよね。
やっぱりそうですか。百姓が近いんじゃないかと思っていたんですよ。
前村: そう、百姓になりたい。お金を稼いでいるのが仕事なのかといえば、そうじゃないと思う。河井寛次郎は「仕事が暮らし。暮らしが仕事」って言っているでしょう。民藝にも関わってきたから、そういう生き方に憧れがあるんです。 今年は、学生に「百姓はいいぞ」って教える授業をやっていきたいでんすよ。海外の大学教育だと、生命力を高めることが重要視されるんだけど、日本だとないがしろにされている。百姓には、生命力≒バイタリティを高めるヒントがあると思うんだよね。 AIに百姓の要素について聞いてみて出てきた言葉なのだけれど「害虫や気候変動の課題に対して創意工夫を暮らし、新しい農法や技術を生み出す力。命への理解、環境再生、精神的な強さ、困難への適応の能力、地域社会への貢献」なんて言葉も出てくる。 「百姓は単なる農業従事者ではなく、多様な能力と知恵、そして自然との深いかかわりを通じて、現代社会にも多くの示唆を与える存在です」と。
素晴らしいし、すごくかっこいいですね。
前村: そうなんだよ。僕が受け持っているのはプロジェクトデベロップメントの授業なんだけど、暮らしの中での百姓の在り方をデザインに置き換えてプロジェクトを考えましょうと伝えていきたい。
暮らしも仕事も。渾然一体が楽しい
最後に、前村さんが今取り組んでいることを教えて下さい。
前村: 今、一番時間を使っている「Hiiragi Off Grid House Project」は、主には息子との「『住』:安全なところを確保する学び」です。うちは子ども部屋がリビングに面して一つしかないなかで、プライベートが必要ならば自分で確保する道を考えようということになっています。 海外諸国の「無償で質の高い教育」が理想ですが、きっと日本ではまだ無理。以前に仲の良いフィンランド文化担当官との会話で、日本の教育が60年は遅れていると言われました。本当かどうかはさておき、その遅れはもう国ではなく、家族でどうにかするしかない。 せめて、暮らしのなかで選択経験値を養いながら「生命力」を高められる日々を提供してあげたい。きっと、そのうち彼が、孤独なとき、災害緊急時、そして誰かが困っているときも体験値が活かされる人間になれるかなと。オフグリットにしたいから、どうやって電力を賄うか話し合ったり、何にいくらかかるか計算したり、そういった経験や知恵も、彼らのこれからの糧になるはずです。 小屋の完成が7月の予定(取材は5月)。オランダ人の家族が一週間日本に来て泊まりたいと言っているから、そこに間に合うようにゴールに据えています。小屋が完成したら、その後は新しいゲストハウスの計画に着手して、来年はMIYOTA DESIGN WEEKENDをやる。前回、宿が足りなかったから、そのときに新しいゲストハウスをちゃんと稼働していたい。
僕も、前村さんたちが御代田に来なかったらこんなに訪ねて来ていなかったと思います。新しい点ができると、行く理由ができる。来年のMIYOTA DESIGN WEEKENDも楽しみです。
前村: そうだよね。新しいゲストハウスは地元の資材屋さんに協力してもらっているんです。そこそこ大きい空き家で、泊まるだけじゃなくて、いろんな体験もできる場所になる予定だからお楽しみに。CORNER SHOPは駅の目の前だし、軽井沢の隣。軽井沢に泊まりきれない、もしくは車がない人にとっては便利だし、ゆっくりできるいい場所だと思う。だからCORNER SHOPを維持するためには、周辺に宿を増やすのがいいんじゃないか、という筋が見えたのが去年です。 店や宿をつくったり、農業もやったり……自分の中に複合的にあるのが百姓的な仕事だし、新しい仕事の仕方だと思う。僕は、ある程度自分の中に新しいものを取り込んだら、それをルーティーン化したい。新しいゲストハウスをつくったら、それを日々磨いたり、整えたりしていれば、70歳ぐらいまでは、御代田で楽しく暮らしていけるだろうなあ。
聞き手:宮坂勝彦(宮坂醸造)
文:小野民
写真:土屋誠