Masumi Dialogue
vol.11

当たり前すぎて気づかない 豊かさに向き合って。 守備範囲は「ごはん」にまつわる全方位

これからの時代に求められる「豊かさ」とは何なのか。さまざまな分野の方との対話を通じて、答えを探っていきます。今回は、本誌連載「真澄のある食卓」でもおなじみのごはん同盟のおふたり。「粒も液体もお米が大好き」と語る2人と宮坂の出会いは、白井家の食卓だったそう。その時の楽しさが忘れられず、今回の鼎談につながりました。同じ場所で、土鍋で炊いたほかほかご飯とおかずをいただいた後、満腹でのおしゃべりです。

ごはん同盟

調理担当のりこさん、企画担当ジュンイチさん夫婦による炊飯系フードユニット。日夜ごはんをおいしくいただく方法を生み出し、アイデアあふれるレシピをさまざまなメディアで発信している。近著は『ごきげんな晩酌 家飲みが楽しくなる日本酒のおつまみ65』(山と渓谷社)。音声メディアvoicyでは「しらいのりこの#きょうもおかわり」を配信中。
https://gohandoumei.com/

楽しいおしゃべり、おいしい食事 理想的な酒宴での出会い

白井夫妻に初めて会ったのは、共通の知り合いが「今夜白井さんちでごはん食べるから、一緒に行こう」と誘ってくれたからでした。たくさん飲んで、食べて、すごく楽しかったです。僕が酒屋をやっている原点は、ああいう楽しい時間のためなんですよね。豊かさについて考えるときに、あの夜は絶対に忘れられない思い出なんです。

シライジュンイチさん(以下、ジュンイチ):おいしくお酒を飲んだだけだけれど、そう言ってもらえると嬉しいね。

ごはん同盟は、おもてなし料理というよりは、日々の食卓が楽しく、豊かになる提案がすごくいいなと思っているんです。僕が真澄を飲んでもらいたいのも、普段の料理に合わせてなので、『BREW』の「真澄のある食卓」のレシピもお願いしました。
 あらためてごはん同盟の成り立ちをお聞きしたいのですが、キャリアの最初から料理家ではないんですよね。

しらいのりこさん(以下、のりこ):そうですね。最初はジュンイチさんは編集の仕事をしていて、私はWebデザイナーをしていました。

ジュンイチ:2人とも新潟出身で地元で結婚して働いていたんですが、のりこさんが料理家になりたくて東京に上京したんです。

のりこ:でも、料理家になる方法なんてわからないから、最初は調理師学校に通い、いろんな飲食店を掛け持ちしながら働いて経験を積んでいました。当時32〜33歳くらいでしたが、若い子がほとんどの現場でけっこう重宝されて(笑)。まだ、ごはん同盟結成前のころですね。

ジュンイチ:ごはん同盟を結成したのは、2011年です。その頃僕はフリーランスの編集者として働いていました。ふたりとも、最初は課外活動的な感じでごはん同盟をやっていたのですが、次第にごはんに関する仕事が増え、のりこさんも雑誌やテレビでレシピを紹介するようになり、だったら本格的に「ごはん同盟」を仕事にしていこうという話になりまして。

お2人はどんな役割分担で仕事をしているんですか。

のりこ:私はレシピを考えて料理をつくり、ジュンイチさんは試食してフィードバックをくれて、原稿を書くのもお願いしてるかな。研究熱心なので、お米の炊き方とか技術的な部分に関しても、彼の方が強い。あ、あとは皿洗いをやってくれるのは最高です(笑)。
 ご飯に特化しているのをおもしろがってもらって仕事の依頼をいただけるようになって、最近ではお米つながりで日本酒に絡む仕事も増えて、嬉しいことです。

このおつまみの本もいいなあ。家庭でお酒を飲むときに、親の食べるものと子どもの食べるものがあまりにも違うと、それも手間じゃないですか。だから、お酒のあてになるものがご飯のおともになるといい。この本にある「ご飯の友は、酒の友」ってほんと、もっと多くの人に気づいてほしいです。

ジュンイチ:うちではもともとそういう飲み方をしていたんですが、「これでいいんだ」と思ったのは、2020年に真澄のインスタライブのゲストに呼んでいただいたことがきっかけ。それが、最初のお酒の仕事でした。「油揚げの甘辛煮」や「しらすオリーブオイル」の料理を紹介したんですが、そこでいい反応をもらって自信がついたんです。

「家の味」は案外もろい 手遅れになる前に残していきたい

ふだん、食に関してのインプットはどのようにされているんですか。

ジュンイチ:ご飯に合うおかずといっても日本全国さまざまなので、特に地方に行ったときには、地元の料理を食べたりスーパー巡りをしたりして、その土地で普段どんなものが食べられてるのか見るようにしています。

のりこ:JAの婦人部の仕事をしていて、1年に1回か2回、60代後半から70代くらいの女性たちに会う機会があるんですけど、その方たちから教わることも多いですね。家族のために長年料理して頑張ってきた人たちってパワーがあって最高。彼女たちがつくる家庭の料理こそ知りたいし、食べてみたいと思いますね。

ジュンイチ:私の母親世代の知識や経験を受け継ぐっていうのかな。ちょうど、親世代の70代から私たち40~50代ぐらいの世代への料理継承がされてこなかったんですよね。核家族化が進んだし、上の世代は「こんな田舎臭いもん、若い人は食べませんよね」と遠慮して、下は下でそれを習わなかったから。いいものがあるのに引き継いでこれなかったんだなと感じることは、地方を巡っていると特に感じます。

のりこ:おばあちゃんやお母さんが生きてお元気であれば、全部動画に撮っておいた方がいいと思います。ふと食べたくなるときが、必ず来ますから。そのときにはもう教われないかもしれないから、今ちゃんとレシピと動画を残しておくべきです。
 私は、ジュンイチさんのお母さんの料理が大好きなんですよ。それこそ「豊かな生活」をしている。米農家のお母さんだから、なんでも手作りしちゃうんです。朝起きると笹団子ができていたり、筍を掘ればちゃんと瓶詰めにしたりとか。すごく器用なんですが、本人は大したことないと思って何気なくやってるわけです。

のりこさんの中での豊かさが、そこにあるんですね。

のりこ:ジュンイチさんの実家では、冬に水炊きをよくやるんですよ。まだ新婚の頃だったかな。食べている途中で「白菜が足りない」ってなって、家の目の前の畑から雪に埋まった白菜を採ってきて鍋に追加したら、それがものすごくおいしくて。高級食材って山ほどあるんですけど、そういう食事が一番ぜいたくじゃないかな。お義母さんは知恵の宝庫なので、帰省するたびに、いろいろと教わっています。

ジュンイチさんが、食に恵まれた環境で育ったと気づいたのはいつ頃ですか。

ジュンイチ:東京に出てきてからですね。結婚した後もしばらくは新潟に住んでいたから、実家にもよく帰っていたし、いわゆる実家の普通の料理だなぁと思ってました。でも、東京でごはん同盟の活動を始めてから、父が米農家としてやっていることとか、母のつくる何気ない料理について、彼らはものすごく大切で価値あることをしていると実感しました。

「日本の主食はお米」が 当たり前じゃなくなるかもしれない

のりこ:今年は日照りや高温障害が原因で米が不作な地域が多い年でした。不作は米の販売価格にも影響するので、米づくりを辞めてしまう農家さんも今以上に増えていくかもしれませんね。当たり前に食べているお米が、十分に確保できなくなる可能性も将来的にはありえると思います。ご飯が食べられなくなるのはすごく嫌ですし、今ある豊かさを、全力で受け止めておかないといけない気がしています。お米がなければ酒造りだって大変じゃないですか。

そうですね。需要が減っている課題もありますが、つくりたいけどつくれない状況が出てくるかもしれませんね。

のりこ:食べるものを選べるって、実はすごく豊かなことなんじゃないかと思います。 ジュンイチ そうだね、選択肢があるって大事だよね。米の種類だって新品種もどんどん出ていて、どれを食べてもおいしいし、スーパーでだって、いろんな銘柄のお米が並んでるわけです。

のりこ:そうそう。洗う手間が省ける無洗米があったり、パックご飯の種類も増えておいしいし……炊飯器だってすごい進化を遂げてて、米に対する熱い思いを感じます。だから、受け手の食べ方が、「どれも一緒でしょう」じゃなくなっていけばいいですよね。
 あとは、やっぱり新米って格別だってことは声を大にして言いたいな。新米を食べると、「どうしてこんなにおいしいんだろう」と、何十年も食べているのに毎年びっくりしちゃう。 ジュンイチさんの実家の新米が届くと、いろんな人に小分けにして渡して「2〜3日以内に、すぐに食べてね」って伝えています。

ジュンイチ:新米には、タイミングを逃しちゃいけない「食べどき」があるんです。収穫してから1〜2カ月過ぎちゃうと、いつものお米の味わいになっちゃう。それはそれでおいしいんですけれど、新米ならではのおいしさのピークをまだまだ知らない人は多いかもしれません。

のりこ:ご飯をずらっと並べて、目隠しで食べても、新米は明らかに違いがわかる。圧倒的な輝きや強さがあって、あのみずみずしさは何にも替えがたいです。とくに私は柔らかいご飯が好きだから、大興奮しちゃいますね。

お米とご飯の未来に向けて

おふたりの話を聞いて、今年はいつも以上に新米が楽しみになりました。今後の予定や取り組んでいきたいこと、未来のお話も聞かせていただけますか。

のりこ:もっと、ご飯を食べる人を増やしたいです。そのために私自身の発信力をもっとつけて、農家さんから直接寄せられる声を代弁する役割もいいのかな、と思うようになりました。お米の良さ、ご飯の素晴らしさ、日本酒のおいしさ、農家さんの大変さだとかね。自分が伝える役目を果たすのも大事かな、と。

ジュンイチ:僕は、米を基本とした和食の文化を守って伝えていきつつ、それだけでもいけないと思っていて。
 お米とかご飯のことって、身近で当たり前すぎて、みなさん「自分はもう正解を知っている」と思ってるんですよ。その正解が時代遅れになっていて、アップデートが必要なことも、ままあります。
 私たちの日常の食事というのは、大きな枠からはみ出さない範囲で、日々少しずつ変化していると思うんです。そこで、現代の食生活に合わせて新たな食材を取り入れてみたり、つくり方を簡略化してみたりするなどして、もっとおいしく簡単につくるための工夫や試行錯誤をしていくのがごはん同盟の役割かなと。

のりこ:おかずの種類でいっても、和食以外にも広がってバラエティ豊かになっていますしね。そうそう、炊き込みご飯といえば醤油ベースをイメージしがちだけど、牛乳を使ってシチューご飯みたいなのもおいしい。昔ながらのものだけじゃなくて、好みに合わせたお米料理の発展を紹介していけたらいいのかもね。

ジュンイチ:守りましょうといっても、どう行動すればいいのかわからないですよね。お米の文化を守る方法はちゃんと考えていかなくちゃいけないけれど、僕たちは「楽しさ」でその目的を達成していきたいですね。

聞き手:宮坂勝彦(宮坂醸造)
構成:小野民

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